おおきなみなとの日々帖

食、本、冷えとり、味のあるカッコイイ役者さん、嵐さんに甘いけれど、日常がいちばん好き。

みれいさんの「あたらしい東京日記」の読みを再開しました。

 

あたらしい東京日記

あたらしい東京日記

 

 先回は読み始めたものの、どうも今じゃないなぁ、とパッとやめて、積ん読本の山に置いておいたのをふと思い立ち手にしたらば、これがスットンスットンとことばが吸収されるのが気持ちいいです。

本ってタイミングが違うと全然別物。魔法みたい。

 

女性は、観ていると、正直、たいへん現実的で有能なのだが、おろかでもあると思う。「ことば」が充分でない、「ことば」がすぎているというのは、こころの成熟度が低いということだと思う。

 

近頃、犬のようにはしゃぎながら「ことば」がすぎている感のある自分がちょっと嫌なので、ここは大いにハッとしました。
こころが満たされ、成熟していたら、時々で適度な量で的確なことばが発せられるようになるのだというのを感覚的に理解し始めているだけでも成長しているのかな。

 

◯震災のあった2011年の大晦日の日記より

    それにしても、今年はすごい年だった。しかしもうまにんげんになるしかない。神さま(自然の中心、宇宙の中心)とつながって生きるしかない。そういう生きかたをしていれば、地上は楽園。物質、執着、金、欲望、古い価値観とともにいればこの世は地獄。この二極化が進むんだろう。もうどうしようもない。わかるひとにはわかる、わからないひとにはわからない。
私は何をするか。わたしはとぎすまされていたい。わたしはうつくしくなりたい。わたしは女でいたい。(中略)わたしはにんげんを愛したい。わたしは素直でいたい。わたしはいつも正直でいたい。わたしは特定の男性を愛したい。その男性からも愛されたい。わたしは大切なひとたちを大切にしたい。ほんとうの意味で。この地をあいしたい。この地をあいするためにやくめをはたしたい。小さくとも。わたしは自分の会社をおもしろい会社にしたい。前人未到の地にもかかんにあゆんでいきたい。ゆうきをもっていたい。そういうわたしでいたい。きらきらとしっとりと色気と美しさとともにいつもありたい。その姿が女性たちの勇気になるように。そういうわたしでいたい。

 

武器になりそうなくらい先の尖っためちゃくちゃ高いハイヒールで、女らしく歩くコツを教えるという、ほっそい女性講師なるお方を偶然テレビで見てギョッとしました。
おそらくこれから先、あんな恐ろしい靴を履くこともないだろうからわたしには別世界のことなのだけど、ああいうのを女らしさという括りで表現する価値観がパァ~っとなくなったらば、もっといろんな立場の人が暮らしやすくて、この地を楽園と思えるのになぁ。
そんな楽園に憧れるのなら、わたしはわたしで小さくとも役目を果たしたい。

 


楽園 (平井堅) - YouTube

 

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