おおきなみなとの日々帖

食、本、冷えとり、味のあるカッコイイ役者さん、嵐さんに甘いけれど、日常がいちばん好き。

しおりの紐の鮮やかな青色まで何もかもパーフェクトだった石井好子さん本、早くも読了。

  

バタをひとさじ、玉子を3コ

バタをひとさじ、玉子を3コ

 

日常と旅と食が混ざった上品な随筆で、食いしんぼうとしては共感したり発見したり大層楽しめたのですが、読むタイミングがちょっとだけずれていたようです。

あまり得意でないジビエ料理がメインのフレンチのコースを味わった後のような読後感と、「遅過ぎて早過ぎる」という感覚もありました。

海外に無性に憧れていた若い頃ならば、登場する異国の食やハイソな雰囲気に圧倒されながらワクワク感がより強かったのだろうなぁ。
自分の身の丈をわきまえる潔さを身につけた年代ならば、自分とは次元の違う経済状況や石井さんご本人の努力への賛辞も素直にできたのだろうなぁ。
このどっちにも属さないなんとも不安定な年代だから難しかったようです。
見るだけでいいところ、行きたいところ、実際に行ったところの区別がくっきりしてきて、海外への憧れは穏やかな静寂で大事なモノとなりました。
身の丈をどんどん知ってきてはいるのだけど、まだまだ修行が足りないから陽の加減によっては隣の芝生は恐ろしく碧く見えるときもあるのが自分でも鬱陶しいことがあります。
もう少し歳を取ったらまた手に取ってみたい本です。

自分にとってしっくりといく旅モノを片っ端から読みたくなりました。

 

角田光代さん「降り積もる光の粒」より 

 

でもどういうわけか、私は今も旅を夢想する。(中略)旅は面倒で疲れるものと、嫌というほど知っているのにうっとりとそう夢想する。

どうしてだろうと考えると、私はやっぱり今までの旅で、旅でしか得られない何かすばらしいものを手にしたのだと思う。旅をはじめたかなり早い段階で。
そのすばらしいものとは、きっとほかの人にはなんの価値もないことだ。民家の塀からこぼれるように咲いたブーゲンビリアとか、日陰に寝そべる犬とか、食堂のおばさんの人なつっこい笑顔とか、迷った私を正しい道に案内してくれるだれかの大きな背中とか、そうしたものだ。すれ違っただけの人の笑顔やちいさな親切、おいしいものやいいにおい、静止したようないくつかの光景、旅しているときは、ただやり過ごし、見過ごしている。けれど旅を終えたとき、わたしたちは気づくのだ。それらが、キラキラと光を発しながら自身の内に降り積もっているのを。困難や疲労は、住み慣れた場所に帰れば消える。けれど、見知らぬ土地で蓄えた、そうしたちいさな光の粒は、時間の経過とともにますます輝きを強くする。それがその人を成長させるとか、ゆたかにさせるとは私は思っていない。ただ、静かに内に降り積もるだけ。それを一度知ってしまった人は、面倒でも、疲れるとわかっていても、無益だとわかっていても、どうしようもなく旅に出てしまう。旅に、取り憑かれてしまうのだ。いってみれば、光の粒コレクターになってしまうわけである。

 

降り積もる光の粒

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Land Land Land―旅するA to Z (ちくま文庫)

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フランス日記―日々ごはん特別編

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忘れないよ!ヴェトナム

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春になったら苺を摘みに (新潮文庫)

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ゆめみるハワイ

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わたしのマトカ (幻冬舎文庫)

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グアテマラの弟 (幻冬舎文庫)

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屋久島ジュウソウ (集英社文庫)

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外国遠足日記帖 (文春文庫)

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犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)

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