おおきなみなとの日々帖

食、本、冷えとり、味のあるカッコイイ役者さん、嵐さんに甘いけれど、日常がいちばん好き。

ほんの十分間の歩行も「旅」にかわる。

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図書館で目が合って即お持ち帰りしたいしいしんじさんの新刊『且坐喫茶』、すっかり読了。

タイトルの意味は、禅語で「且らく(しばらく)坐して茶を喫せよ」ーまぁ、しばらく座ってお茶でも飲もうよ、というもの。いしいさんがお客となって茶事や茶会に参加し、亭主とのやりとりや茶室で感じたことを綴ります。

 

ちょうどこの本と目が合ったとき、やたらにウカウカ&セカセカしていることが多くて、家族の大事な多肉植物の棚にぶつかってぐちゃぐちゃにしてしまったり、やることが「雑」で、そうなると心までも「雑」になっていたところだったので沁み沁みでした。

随所でウルっとくるほどに欲しかった言葉があちこちに。

 

初心であること。

視野の広さ。

スケール感。

常識にとらわれないけれど、奇もてらわない、素直な強さ。

 

面倒でも、手順を飛ばさない。そもそもお茶に、面倒ということはない。ゆっくりでもかまわない、息を詰め、目をこらして、ひとつ、またひとつ。

 

気を張り詰め、「いいかげん」にせず暮らしていると、煮炊きの音さえ、合奏となって耳に響く。市場の野菜売り場は、色彩のあふれたキャンパスに変わる。
地下鉄のプラットホームにも詩はある。
それがかけがえのないひと口なら、ペットボトルのミネラルウォーターも、一服の濃茶だ。
街路を一歩一歩、ないがしろにせず歩いていると、あらゆるものが、真新しい光を帯びて目にはいってくる。ようやく開いた野花、散髪屋のショーウィンドーに飾られた写真、居眠りする猫。
一歩もないがしろにすることなく歩ききったとき、ほんの十分間の歩行も「旅」にかわる。それが、何十年にもわたるとなれば、どうだろう。

 

『丁寧』、『じっくり』、『集中』、『向き合う』というキーワードがずっとあって、まさにそれを学ぶためのバイブル的存在にバチーンと出会ってしまいました。

スケートの羽生君の研ぎ澄まされた演技を見て、彼もこんな境地にいるような気がしました。

そういうわたしは、まったくできてないけれども、少なくとも意識して暮らせることができるようなったことだけでもとてもありがたいです。

そんなふうに思いながら、濃茶ではないけれども、おいしい香茶を啜ろう。

友家ホテルさんのオリジナルティーが美味なのです。


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tomoyahotel.stores.jp

 

且坐喫茶

且坐喫茶

 

 

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