おおきなみなとの日々帖

食、本、冷えとり、味のあるカッコイイ役者さん、嵐さんに甘いけれど、日常がいちばん好き。

茶事の出張料理人、半澤鶴子さん。

NHK Eテレが素敵な方を教えてくれました。

    おもてなしの原点と言われる「茶事」に人生をかけ、全国行脚を決意した日本で数少ない茶事の出張料理人、半澤鶴子さん。70歳を機に茶事の真髄を極めようと、鍋釜と茶道具をバンに積み、着物姿で車を運転。全国各地で出あった初対面の人々に、その土地の食材を使った料理とお茶をふるまう。
半澤さんが春から始めた旅先の最初に選んだのが新潟県の寺泊でした。
昔は北前船の寄港地としてたいそう賑やかに栄えた地ですが、今は寂れ感の強い地です。 でもこのへんの情緒は、酒井順子さんの「裏が、幸せ。」に通ずるところであり、寂れ加減がいとをかし、なるところでもあるのです。 
地元の旅館の社長さんから、今はすっかり使われていない茶室の存在を教えてもらい、そこでたったひとりですべての支度を整えて茶会を催します。
食材を道端や市場で探し、大量の荷物を階段で何度も運び、会場の畳やご不浄を磨き上げ、身なりを整え、料理の下ごしらえをし、4時間に及ぶ茶会を見事にやられていました。

f:id:big-harbor-sun:20160525104931j:image

夏の滋賀では体調を崩し、満足のいくおもてなしができなかったことを猛省して、その後、ご自分の郷里 広島へ足を運び、ご自分の原点を見つめます。 

半澤さんが幼い頃に父親は失踪、母親も親戚に半澤さんと姉弟を置いて行方不明になり、寂しく厳しい幼少期でした。
常に様々なものを渇望してきたことで踏ん張れたというのですが、そんな貪欲さの欠片も垣間見られない清々しさです。
誰かのせい、周りのせいにすることなく、常に自分の尺度で生きてこられた証がそうさせるのかな。 

秋の京都〜岡山の旅後に大腸がんが見つかり、闘病生活を一年間送られた後で向かった先は冬の奥会津。 
雪の下で芽吹く野草の甘さや苦味を女子高校生たちに心を込めて供しながら、彼女たちの未来に幸せがたくさんありますようにと願う半澤さん。 
そのおもてなしを受けた、原発事故で避難してきた女子高生が、

 「原発事故は辛かったけど、今はそのおかげで知り合った人たちといい時間を過ごしているので前より幸せ。」 

と話していたのが印象的でした。 

一期一会の隅々までにも神経を行き渡らせてもてなす半澤さんの佇まいが温かく神々しく、そして愛らしくもあり、だからこそもてなしを受ける側も自然に心を溶かして接するのかもしれません。 
そんな半澤さんの姿に何度も涙がこぼれた良き番組でした。 

世の中にはいろんな方がいるのですよね。 
偏った方面の方ばかり、同じような切り口ばかりが登場するTVが面白くないのは至極当然です。 

裏が、幸せ。

裏が、幸せ。