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おおきなみなとの日々帖

食、本、冷えとり、味のあるカッコイイ役者さん、嵐さんに甘いけれど、日常がいちばん好き。

石井桃子さん著『家と庭と犬と猫』、とうとう読了。

https://www.instagram.com/p/BHdqsXnAr7X/

読み終えてしまいました。

60年前に書かれた随筆なのに旬です。

 

◎『木の芽どき』より

    災害自身もおそろしいが、そんなできごとはとっくに忘れられたころになっても、なお、そのためにくるってしまった、苦しい運命を負っていきていかなくてはならない人たちのことは、なおたいへんだ。

   しかし、こうした事故が、いつおこるかわからない世の中でくらしている私たちとしては、のん気な気持ちでーすこし、どうでもよすぎる気持ちで暮らしているように思えてしかたがない。

(中略) 

   当然が当然におこなわれていないでいいかげんなのが、われわれの住む社会らしいのである。寸法でいえば、五ミリや六ミリは、どうでもよろし、時間なら、五分や十分はどうでもよろし、で、私たちは暮らしている。

(中略) 

   わたしたちは、ある点、徳川のころの考え方で、自動車をあつかい、炭坑にもぐらされているともいえるだろう。これでは、生活のあちこちに狂いのこないのが、ふしぎなのだ。 

  その狂いをなおす方法は?いそがば回れのことわざのように古くさいけれど、私たちの身辺の「どうでもよさ」をも、きびしく自戒していかなくてはと、災害の多そうな木の芽どきに、私は考えさせられるのである。 

 
◎農基法と民主主義より

    いつの、どんな時代がきたにしても、すべての国民に、国会できまる法律が全部わかることはないだろう。それがわかるためには、日本人のひとりひとりが万般の知識に通じた神さまみたいな法律家にならなければならない。それができないからこそ、私たちは、良識あり、信頼にたると思える人を選んで、私たちのかわりに、世の中を動かす法をつくってもらおうとしているのである。
    このような民主主義的な代議制がうまくいくためには、百人のうちの八十人が、そのことをよく知らないでも、あとの二十人が、物ごとをよくのめないかもしれない八十人をばかにしないで、人間あつかいにすることを身につけてからでないと、なかなかうまくゆかない。
 
突貫工事でスポーツの祭典を成功させようと息巻いていたり、震災も原発事故も過去のモノとして次の祭典への道のりをカウントダウンするニュースや、わざとらしく何の意味も持たない言葉の行きかう選挙のニュースを見聞きするたびに、心の底の方がゾゾってしてしまう私が、おかしいわけでないのだと思わせてくれます。

コレステロール数値が高かったという石井さんは101歳という大往生で亡くなりました。
同じくコレステロールがなかなか高い私、果たしてどこまでしぶとくいられるかな。
石井さんのような澄んだ視点とバランス感覚を持っておばあちゃんになっていきたい思いました。

この一冊に、まさに今、出会えて良かったな。 
近頃、めっきり物語が最後まで読めなくなっています。
最後に面白おかしく読んのはいつだったのか、思い出せません。

家と庭と犬とねこ

家と庭と犬とねこ

 

 

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